以前、モスクワ市内の高級輸入靴店のオーナーにインタビューした時のことです。「店に並んでいる70%は、イタリアで売っている商品と同じですが、30%はロシア人の好みを入れて、イタリアのメーカーに制作依頼しています。直輸入もの100%では受けませんし、ロシア人の好みだけにしても成功しません」とのこと。
ロシア人好みとは? ここでは、筆者の十数年にわたるロシアビジネスの経験を通して感じている色彩嗜好について総括してみます。
ロシア人は、ヨーロッパの流行を意識していますが、文化、宗教、伝統は東方の影響を受けているといわれます。色彩観も同様に思えます。彼らが言う「東方」とは日本や中国というアジア圏でなく、古来の「ビザンチン」のことです。つまりトルコを含む現在の中東、イスラム圏です。金箔に輝くイコンや、ブルーモスクが心象にあり、そこに北方スラブ系が好む赤、オレンジ、黄色の暖色と、それを際立たせる黒く力強いラインが混ざってロシアンカラーを創り出しているのではないかと思われます。
昨今、人気を得ているデニス・シマチョフというロシア人男性デザイナーがいます。「欧米のマネでなく、色、素材にロシア的なものを生かしながら国、性別、年齢に関係なく、受入れられる服を作りたい」というのがコンセプト。その彼が注目したのは、ロシアの色彩のシンボルのようなホフロマ塗りです。土産物店にいけば、木製のスプーンやお皿、お盆、壁掛けなど、ホフロマ塗りの品々を必ず目にします。シマチョフは、この赤、黄色、ゴールド、黒などのホフロマ塗りの代表的色彩をデザインの中に取り入れています。黒いシルクのジャンパーの裏地にホフロマ塗りのカラーを使っているかと思えば、パソコンケース、オートバイなどのカラー、果てはモスクワのお洒落な通りにある彼のブティックの壁全体をホフロマカラーで仕上げています。彼のデザインは、ロシア伝統色を見事にモダンアートとしてよみがえらせた好例といえます。
ロシア人は、好みがハッキリしており、加えて歴史、風土に特徴があるため、商品開発において、色彩は大きな嗜好判断要素となります。例えば、ゴールドは生活の中に入っていますが、シルバーはほとんど目することがありません。日本の「わび」「さび」を色彩で伝えようとしても、工夫なしでは、くすんだ色にしか映らないでしょう。ロシアでのビジネスを考えるのであれば、まずはロシア正教の教会を回ったり、デザイン学校の学生の作品を見たり、街を探索するなどして、ロシアンカラーを感じることが必要かもしれません。

ホフロマ塗りの漆器

デニス・シマチョフのブティックのバック
TEXT & PHOTO by Chieko Nakao / 中尾千恵子=マルナカインターナショナル