Top Creator’s Interview

【Top Creator’s Interview Vol.2】

「Future Craft:未来を丁寧に創りつづける
~第1部 パナソニックのデザイン戦略~」
臼井重雄 Shigeo Usui
(パナソニック株式会社 デザイン本部本部長 兼アプライアンス社デザインセンター所長)

Future Craft:未来を丁寧に創りつづける

日本の家電メーカーの中で、デザイン経営を主軸にクリエイティブ企業への進化を図るパナソニック。京都を中心としながら、世界六ケ所にクリエイションの拠点を展開し、ジャンルを超えた人材を意欲的に取り組んでいます。京都に「Panasonic Design Kyoto」を開設し、若手デザイン集団「FUTURE LIFE FACTORY」、テクノロジーと日本の伝統工芸を融合し、日本の美意識をものづくりに活かす「Kyoto KADEN Lab.(京都家電ラボ)」など独自の活動が、世界から注目を集めています。そのデザイン経営戦略のリーダーである臼井重雄氏にお話を伺い、プロジェクト担当者への取材を経て、『アジアカラートレンドブック2022-23』にもブランド事例として掲載いたしました。

Interview Information

場   所オンラインTeamsインタビュー
対 談 者臼井重雄氏/パナソニック株式会社 
デザイン本部本部長 兼アプライアンス社デザインセンター所長
周昕(大前絵理)/DICカラーデザイン株式会社
アジアカラートレンドブック』編集長

第1部  パナソニックのデザイン戦略

京都から文化を発信する

Panasonic Design Kyoto

Panasonic Design Kyoto

周昕(以下、周): 2018年にPanasonic Design Kyotoを設立されたきっかけは?

臼井重雄氏(以下、臼井): 2019年、ハイアールのデザインセンター長が京都に来た時に話したことが印象的でした。「色々なメーカーが中国に進出しているが、自社のアイデンティティを出したいと考えている。だからパナソニックが京都にデザインセンターを置いたことに興味がある。」私たちも、今まではグローバルとローカルを分けて考え、中国のためのデザインを考えていましたが、それがなくなってきたのではないでしょうか。市場の好みを商品に入れるよりも、発信するフェーズになってきたと思います。京都は一番日本らしい場所で、サムソンもハイアールも切れないカードがあって、いいものは世界中の人に伝わっている。文化を受け入れるのではなく発信していく方に、アジアは変わっていくべきだと思います。

周: 設立から2年ほど経ちますが、実感としてはいかがでしょうか。

臼井: 今はコロナ禍で難しいですが、それまでは圧倒的に人が集まるようになりました。京都にいるという大義が、社内にも効いています。マーケティング寄りのデザインがもっと上流から開発に入るようになり、開発自体が変わってきました。

周: 企画から模型をつくるところまで京都に機能を置くことで、異なる事業部のデザイナーが集まる、HUBとしての利便性もあるのでしょうか。

臼井: 以前は色、形を整えるCMFは最後の仕上げでした。今はなぜそのCMFを使うのか、考え方やストーリーから入れるようになりました。そもそも何をつくるかというところから、デザインが主導して入れるようになったことが大きいです。

Kyoto KADEN Lab.|Electronics Meets Crafts:
~テクノロジーとクラフトの融合~

Kyoto KADEN Lab.|Electronics Meets Crafts:
 

「響筒」手のひらで感じる音の響き、時とともに変わる表情を楽しむワイヤレススピーカー

京都・開化堂の茶筒を採用、蓋を開けると音が立ち上がり、閉める際は蓋がゆっくりと落ち、上品に音をフェードアウトさせる。本体の真鍮素材は、年月とともに色合いや光沢が味わいを増し、自分だけの逸品に。

周: 京都発の企画が生まれているのでしょうか?

臼井: 少しずつデザインが変わっています。例えば、エアコンだとブランドバッチが大きかったり、変なラインが入っていたりしましたが、今は空間調和を優先してなくなってきた。店頭で目立つ要素は家の中では要らない。色もテカテカした白からマットになり、確実に変化がいろんなところで起きています。

周: いわゆるプロモーション寄りではなく消費者寄りの目線が持つようになり、デザインの発信力が強まっているということですね。今、力を入れている領域はありますか?

臼井: マーケティングの人が理解を示すようになり、デザインの発信力は強まっています。今は暮らし関連の領域で、オフィスや家を考えるチーム、車載を考えるチームが同じ場所にいて、同じような考え方をしてデザインしています。

周: 弊社は中国でも住設関連の調査をしていますが、近年はデザインがかっこいいかどうかを気にする消費者が多い。外資ブランドではパナソニックのブランドイメージがますます高まり、デザインの評価も高いと聞いています。

臼井: 中国の方は、コロナ禍以前からネットですごく調べていて、パナソニックが日本と中国で違うものを売っている、中国では二流品を売っている、なぜ日本と同じものを売らないかと言われました。実際はそんなことはないのですが、お客さんの方が僕たち以上に調べています。

周: 日本に来て、中国にない商品を買って帰る人も多かったですよね。

臼井: 今、コロナ禍でも日本の商品が調べられますし、新しいものを受け入れる寛容性があります。中国だから中国っぽくではなく、パナソニックの思いやメッセージをちゃんと伝えないと中国の人には響かないと思っています。

周: 中国では最近「国潮」(チャイナデザイン)が流行し、故宮博物館プロデュースの化粧品が売れました。パナソニックも、ブランドストーリーが必要とされているでしょうね。

臼井: パナソニックが故宮シリーズを出すことではなく、パナソニックらしいものが求められています。日本的モダンが魅力として捉えられています。ミニマリズムとか、美の根源、そうしたストーリーに乗っかる。日本メーカーなのにすごくデコラティブ、というのはやめた方が良いでしょう。

周: そういう意味で、Kyoto KADENプロジェクトはいかがでしょうか?

臼井: 一応続けています。改めて、少量生産で高額なものをつくることの難しさを感じています。まったく逆のことにトライした難しさがありました。

周: 2020年7月に京都産業会館で中止になったミラノサローネ出展作品を見ました。開花堂による100個の茶筒を並べた展示が圧倒的な存在感で、ショップで販売される「響筒」スピーカーの音の響きに感動しました。開花堂の伝統工芸が、パナソニックが手掛けた家電製品となって、一歩生活に入っていくところに大きなメッセージ性を感じました。コロナ禍でも、京都で清風館やエースホテル、美術館など続々とオープンしています。今、改めて京都の役割、これから京都でやっていきたいことについてお聞かせください。

臼井: エースホテルに入っているお店を見るとインバウンド向けが多く、すごく受け身な戦略だと思います。今、人が動かなくなったときに、どうやって色々なものを動かすのか。デジタルになったら場所や地域が関係なくなります。その時のコンテンツや発信の在り方に、突然のコロナ禍に切り替われていない。観光客が来なくなって京都も厳しくなっている。どう乗り越えるか、こちらからどう発信するかを議論しています。

周: それは京都としてどう発信していくかということでしょうか?

臼井: そうです。京セラ美術館、すごくいいですよ。少し前まで僕たちは外ばかりを気にしていましたが、京都に来て思うのが、自分たちが元々持っていた内なる良さをじっくり見直さなければならないことです。

周: 京都の方と付き合うと、着物、お茶、お花、陶芸、竹、木彫や彫金などいろいろな素材や技術の職人がつながっています。そこに工業デザインが入っていくと、ものすごく強い日本のDNAになるのではないでしょうか。そういう意味で、クリエイティブユニット「GO ON」とのプロジェクトが画期的で、すぐに量産品にならなくても、活動に大きな意味があると思います。

臼井: 伝統工芸家が面白いことを言っていて、ピカソの子供はピカソにはなれないが、伝統工芸家は同じものがつくれる。ずっと続けている力は素晴らしいじゃないですか。

周: 100%のコピーではないけど、軸が残っている、時代に合わせてその時つくるべきものをつくる。

臼井: そのアイデンティティが大事で、日本に帰ってきてから考え直しました。

Milano Salone|TRANSITIONS
~あえてモノをつくらない、体験価値を通じたビジョン発信~

Milano Salone|TRANSITIONS

臼井: 日本工芸会の審査委員をしていますが、すごく面白いですよ。ただ、日本にはミシュランのレストランはたくさんあるけど、伝統工芸のクオリティが本当に高いのか、西陣でもピンキリで、クオリティがキープされているのかはクエスチョン。伝統工芸産業の人たちは守る使命感を持っている、そのクオリティが世界で誇れるレベルか。僕たちメーカーは世界市場で戦わなければならないので、戦う場がないと分からなくなる。そういう意味で、ミラノサローネもクリエイティビティで勝負するためにやってきました。

周: 2018年ミラノサローネでは、パナソニックの空調・映像・音響・照明技術による総合インスタレーション「Air Inventions(空気の発明)」が「ベストテクノロジー賞」を受賞し、とても評価が高かったです。

臼井: だけど、社内では賞をとっても、幹部には賞を取るだけではむなしいと言われます。「サローネで賞をとったら売れるの?」とか。この活動はどんな貢献をしているか、行かないと分からない。

周: サローネの展示会場でクッションを直している年配の方と話していたら、実はブランドの社長だったりします。欧州ブランドの経営者はクリエイティブ性、デザインを大事にする方が多い。レクサスも7年計画でミラノサローネでのブランディングにお金も時間もかけています。パナソニックはたった2回の登場ですごく話題になったことに驚きました。

臼井: 3年目は全く違うアプローチでやりました。空気をデザインすることで、ミストと映像を掛け合わせて、社内で埋もれていた事業を発掘し、事業展開のネタにしました。

周: さきほどの一言が刺激になったのでしょうか?

臼井: デザイナー心をくすぐられたというか、絶対見返してやるという気になりました。ちょうど、「デザイン経営」という流れでデザインが経営者の耳にも入り、社内でもデザインを知らないと恥ずかしいという追い風もあってラッキーでした。

周: 今、世界でのデザイン拠点は6ヵ所。それぞれの連携や役割は?

臼井: アジア、中国は制作拠点として現地に工場もあるので、開発に関わっているところが大きい。ロンドンやNYは一部現地向けにやっていますが、新しいライフスタイルを吸収しインサイト中心、情報集の役割が大きい。ウェルビーイングやビーガン、ヨガとか、発信されるものを先駆けてアンテナを張っています。

周: パナソニックデザイン京都はヘッドとして、各拠点と定期的に情報を交換したり、行き来したり、フレキシブルに動いていますね。

臼井: 動いていますね。上海とクアラルンプールが連携したり、クアラルンプールとUKが連携したり、ブランチ間で連携しているので、自由に情報交換をしています。

周: 開かれた空気感、ファミリーのような温かさ、お互い尊敬しあう、そういう企業風土でしょうか。のびのびと言いたいことを言って、やりたいことやってという空気感。それが海外のデザイナーにも伝わっているのが素敵だと思います。

臼井: そこは自主自立、そういう部分が根っこにあると思います。

周: 日本が戦略を決めてやっていくというよりは、自由度を与えている感じでしょうか?

臼井: アジアのデザイナーがすごくアジアチックなデザインをしているかというと、そうではありません。この商品にパナソニックブランドを付けていいか、それぞれ議論してフィルターをかけています。グローバルブランドはどこから出てもいい。デザイナーがみな同じ事を心に思っていることが大切です。だから、軸となるデザインフィロソフィーを整え直しました。定期的にディスカッションを重ねています。

Profile

臼井重雄 Shigeo Usui
パナソニック株式会社デザイン本部本部長/兼アプライアンス社デザインセンター所長

1990年松下電器産業株式会社に入社。テレビ、洗濯機などのプロダクトデザインを手掛ける。2007年に中国(上海)に赴任。デザインセンター所長として一から組織を立ち上げ、現地発のデザインを生み出す集団を作り上げた。2017年にはアプライアンス社デザインセンター所長として京都拠点集約をはじめとする家電デザイン部門の変革を主導。2018年に家電のデザイン部門を集結し「Panasonic Design Kyoto」を開設。2019年4月、パナソニック全社イノベーション推進部門にデザイン本部を立ち上げる。趣味は犬の散歩。

アジアカラートレンドブック

世界唯一のアジアにフォーカスしたトレンドブック

斬新なアジアの感性、消費者マインド、アート、伝統工芸と哲学、CMFトレンドを発信するクリエイティブ・インスピレーションブックを2008年より発行しています。
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