Top Creator’s Interview

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【Top Creator’s Interview Vol.4】

伝統チベット顔料を商品化したタンカ研究の第一人者
阿旺晋美 A Wang Jin Mei
(チベット鉱物・植物顔料製造技術無形文化遺産継承者)

Interview Information

対 談 者アワンジンメイ(阿旺晋美)チベット大学教授
チベット鉱物・植物顔料製造技術無形文化遺産継承者
周昕(大前絵理)/DICカラーデザイン株式会社
アジアカラートレンドブック』編集長

周昕(以下、周): チベット伝統顔料研究のきっかけは?

アワンジンメイ(以下、アワン): 私はチベットでは現代美術教育を受けた第一世代で、当時の先生たちはチベットを支援するため本土から来ました。チベット大学、天津美術学院、中央美術学院で学んだ後、チベット大学で中国画を教えることになり、1984年にチベット美術教育研究室を設立し、40年近く教育に携わってきました。指導先生に先祖代々タンカ絵師の子孫がいて、伝統のチベットタンカは家族単位で受け継がれていました。1985年にチベット大学で正式にタンカ絵画科を開設しましたが、教材も設備もなく、10年を費やして、最初のチベット美術教科書を含めて『チベット美術略史』、『チベットと漢語美術辞典』を制作しました。

世界には、チベット族のように、経堂や仏堂に多くのタンカや壁画、家々も美術館のように壁画やタンカで埋め尽くされる民族はありません。チベット各地にあるタンカ壁画の遺跡を調べて発見したのは、ほこりまみれで数百年や千年が経った壁画でも、ほこりを掃くとまるで新作でした。先生は、顔料、そして壁、布、チベット高原の特殊な気候と自然が住宅、洞窟や寺院のタンカを守っていると教えてくれました。それが私の研究の出発点となりました。

チベットの岩壁に描かれた六字真言などの仏教壁画

チベットの岩壁に描かれた六字真言などの仏教壁画

極彩色の住宅装飾画はチベット色彩の主な特徴

極彩色の住宅装飾画はチベット色彩の主な特徴

伝統のタンカ作品

伝統のタンカ作品

1400年前の壁画を視察するアワンジンメイ教授

1400年前の壁画を視察するアワンジンメイ教授

文化大革命前後の数十年間、タンカは注目されなくなり、絵具の作り手もいなくなり、制作技術がほぼ失われました。幸い、先生の家族は多くの民族同様、絵師自身が材料を集めて手作業で絵具制作していました。この優れた技術が失われないよう、私と先生が化学と地理の若い教師と4人の研究グループを結成し、1996年から1999年まで3年間チベット各地を視察しました。幸い多くの文献や記録が残っていて、顔料を採掘した職人も数人生存していました。彼らの経験と口述、文献に頼りながら、採掘、加工を何度も試して、12〜16種類の基本色を開発しました。(画家は基本色を調合して好きな色を作ります)。

鉱物顔料の採取

鉱物顔料の採取

狂点で原料を採取するアワンジンメイ教授

狂点で原料を採取するアワンジンメイ教授

試作が完成すると、ダライ・ラマやパンチェン・ラマの専属絵師、健在だった有名なタンカ絵師ら4名に確認いただきました。伝統の顔料と同じ、あるいは上質と高評価を得ました。当時、絵師たちは伝統顔料を買えず、中国画の絵具や水彩絵具を使っていました。商品化を懇願され、プロジェクト終了後も研究開発を続け、20年以上かけて開発した50種類近くの色はタンカ、壁画、古建築、家具装飾などに使われています。ポタラ宮の壁画修復など「3大修復プロジェクト」にも採用されました。
現在、チベット大学のチベット伝統タンカ専攻は、短期大学から学部生、修士号、博士号まで、この分野で最も権威ある教育研究機関になっています。

周: 天然鉱物顔料は土に由来しますが、チベットの土の特徴は?

アワン: 鉱物・植物顔料は世界中で入手できますが、なぜ色が違うのか?鉱物は特殊な環境が必要で、成熟期間、気候、湿度によって違う色相の品種が形成します。チベットのチベットブルーとチベットグリーンの化学成分はメキシコやアフリカ、中国本土の石青、石緑と同じですが、高原の気候条件によって、色相は安定感、重厚感があって、鮮やかすぎない。植物顔料も同じ。世界中の画家に愛好されています。

アワンジンメイ教授の顔料研究室

アワンジンメイ教授の顔料研究室

アワンジンメイ教授とタンカ絵師が台湾の学者と交流中

アワンジンメイ教授とタンカ絵師が台湾の学者と交流中

周: 人類は7万年前から儀式、壁画や建築装飾に鉱物顔料を使ってきました。チベットで最も有名なタンカは、信仰を伝える象徴です。現代のチベット鉱物顔料の応用分野は?

アワン: チベットの人々は多彩な色が好きで、チベット鉱物顔料の伝統的用途は主にタンカ、壁画、砂曼荼羅、建築画、家具、宗教用品など。いまは、その独特な色彩効果を中国画や本土の現代芸術家たちも求めるように。有名な岩絵画家で北京中央美術学院の蒋彩頻教授も、本土の原材料不足でチベット顔料を好んで使います。

チベットは何百年もの間閉鎖的で、近代化が遅れた結果、鉱物や環境、本土や海外では失われた多くの伝統文化や技術が生き続けています。民家の絨毯も巨匠の作品が多い。民芸品、宗教儀式、習慣など多くの伝統が残っています。伝統の上に新しいアイデアが発展する、生きたままの文化保存がチベット最大の特徴です。

周: 鉱物顔料の加工方法は複雑ですが、チベット顔料の加工法の特徴は?

アワン: 本土の鉱物顔料は粒子の細かさが同じですが、チベット顔料は独特の加工特徴を持っています。たとえば、蔵青(チベットブルー)は、頭青、二青、三青、四青など粒子によって分類されます。粒子が細かいほど明るく、粒子が粗いほど濃く、穏やかな重厚感、立体感が出てきます。また、仕上げに瑪瑙石で磨くなど、素材によって異なる技法があります。細かさが基準ではなく、経験値が必要で、今は無形文化遺産として受け継がれています。第一世代は私の先生、第二世代は私たち、次世代の継承者も育っています。もう伝統技法が失われる心配はありません。

蔵青(チベットブルー)鉱石原料

蔵青(チベットブルー)鉱石原料

伝統製法の研磨顔料

伝統製法の研磨顔料

周: チベット顔料は絵具としてだけでなく、医薬としても使われていますか?

アワン: チベット医薬は長い歴史があって、顔料と同じ材料の動物、鉱物、植物に由来します。たとえばチベットブルー、チベットグリーン、紅花、朱砂、宝石、雌黄、雄黄など。開発当初は原材料がなかったので、チベット医薬の倉庫で見つけて、文献を調べて鉱山を探して採掘しました。チベット医薬は服用されるため、解毒処理など加工がもっと複雑ですが。

周: チベットの鉱物色には深い文脈がありますが、色名の整理方法については?

アワン: 文化的文脈を継承するために、できるだけ伝統色名や口頭で受け継がれる色名をそのまま使用します。最初の12色に新色を加えて、現在50種類ほどありますが、色相に応じて新しい名前を付けます。

“扎西彩虹”チベット鉱物顔料色見本

“扎西彩虹”チベット鉱物顔料色見本

“扎西彩虹” チベット鉱物顔料

“扎西彩虹” チベット鉱物顔料

周: チベットタンカ協会の会長も務められていますね。

アワン: 私の学術研究の過程がとても自然な流れでした。学生の頃は中国画が得意でしたが、当時、高僧たちが宗教的観点から研究と伝承を担っていたので、チベット美術史の理論研究を専門とする人が皆無でした。責任感を感じた私は、個人的趣味を捨て、タンカ、壁画、数千年の歴史を持つ鉱植物顔料の研究などチベットの伝統美術研究に従事しました。昨年設立されたチベットタンカ協会から会長を任せられたのも、学術界や先輩たちから認められた証で、大変うれしく思います。学生たちにも、いろんなことをやりこなすよりも、1つのことを極めることを勧めています。

タンカはチベット伝統芸術の中で最も特徴ある造形芸術で、甘粛、青海、四川、雲南、内モンゴル、本土、インド、ネパールなどに広がり、影響を与えています。チベットは、最も保存状態が良く、継承者や遺跡も、タンカ作品も多い。しかし高僧たちによる伝承は技術と功徳に重点を置いてきたため、美学と芸術視点での理論研究が弱点です。

タンカ協会の設立後、研究や交流、材料研究の組織、若い世代の育成、展示会、講演会などを開催し、今年の春節に蘇州の庭園で半月開催したタンカ展が好評を博しました。タンカの理論研究は非常に重要で、チベットの洞窟や壁画の保護と修復も緊急課題で、専門家はほとんどいません。チベットの阿里(アリ)のような辺鄙な地域では、ほぼ毎日文化財が消え続けています。敦煌研究院などの専門家が技術指導に来ましたが、条件や材料が異なります。文化財修復は原材料による修復なので、科学的観点からの保護と指導による体系化が必要です。国家社会科学基金研究プロジェクト『チベット無形文化遺産の整理、伝承とデジタル保護』により、国家デジタルアーカイブにも収録されました。

アワンジンメイ教授と教え子たち

アワンジンメイ教授と教え子たち

Editor’s postscript 周昕(大前絵理)

世界にはチベット族のように多くのタンカや壁画作品を持つ民族がない。石窟、寺院、家々は美術館のように壁画やタンカで埋め尽くされ、足元の絨毯がマスターの作品であることも珍しくない。作品たちは千年経ても新作のように美しく、これは、チベット高原の特別な気候によって生成されたチベット顔料の魔法の力。アワンジンメイ教授は、40年かけて美学と芸術の観点からチベット美術の理論研究を開拓し、絶滅の危機に瀕した鉱物と植物の顔料製造を復興し、顔料ブランドを開発した。それはいま、タンカ、壁画、古代建築の修復、家具彩色そして現代美術に用いられている。宗教、医学、哲学を貫く千年の色彩文化を次世代に伝承するシステムを作り上げた。

Profile

アワンジンメイ(阿旺晋美)氏

チベット大学教授、博士指導者、画家、チベットタンカ評論家、タンカ鑑定専門家、チベット鉱物・植物顔料製造技術無形文化遺産継承者。チベットタンカ協会会長、チベット無形文化遺産保護専門家委員。編著書に『チベット美術略史』、『チベットと漢語美術辞典』(共著)、『チベット絵画』(翻訳)、国家社会科学基金研究プロジェクト『チベット無形文化遺産の整理、伝承とデジタル保護』主任専門家。

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